障害者雇用の扉

朝日雅也がキーワードから障害者雇用を読み解き、わかりやすく解説します。

初めて取り組む方はもちろん、経験豊富な方も改めてキーワードの「イロハ」を確認しませんか。

ストレングス(障害者雇用を進める上での鍵!)

 ストレングスという言葉をご存知の方も多いと思います。辞書的には力強さ、体力、気力などを意味します。障害者支援の分野では、弱いところに着目するのではなく、得意なところを生かしていくという文脈で用いられます。精神保健福祉の支援において開発・提唱され、展開してきました。今日では様々な対人援助の場面で用いられる概念となり、その考え方に基づくアプローチはストレングスモデルと呼ばれます。

 従来の支援や専門的な介入では、できないことをできるようにすることに重点が置かれていたといえます。ストレングスモデルでは、逆に、個人の強みに着目して、長所を生かすアプローチをとります。それが支援対象者の自信の回復につながり、支援のプロセスにおける主体であるという意識も醸成します。

 ストレングスの本質的な意味を理解した上で、障害者雇用におけるその活用を見ていきます。雇用を検討するにあたり、とかく対象者の障害特性に目がいきがちです。もちろん障害特性を踏まえたアセスメントは重要ですが、どうしても課題を抽出するようなパターン化した理解に陥りがちです。そこで「いいとこ探し」の観点から、その人が得意なことに着目します。

 長所がただちに適職とのマッチングにつながるわけではありませんが、雇用主や支援者が、不得手なこと、弱いところへの焦点化から解放されることがまず重要です。こうした理解に基づく関係性によって、人は変化し、また成長します。関係性は、その人を取り巻く重要な環境要素でもあるからです。

 さらにストレングスモデルでは、地域は資源の宝庫とされています。地域で出会う住民によるさりげない支援が地域で暮らす障害者の回復や変化を支えます。雇用の場面でも、同僚によるちょっとした声がけ、気遣いが、障害者の職場定着を支える重要な資源になり得るということです。ストレングスは、障害のある本人にとっても、事業所や同僚にとっても障害者雇用を進める上での「鍵」と言えそうです。

法定雇用率(そもそもなぜ法定雇用率があるの?)

 障害者雇用はどこの国でも簡単には改善しない課題です。そこで大きく分けて「割当雇用アプローチ」と「差別禁止アプローチ」による促進が図られています。前者は、従業員の一定の割合を障害者に割り当てる方式で、日本の法定雇用率がそれにあたります。欧州ではドイツ、フランス等が同様の制度を採用しています。後者の代表は米国や英国であり、多様な場面において障害による差別を禁止することで障害者雇用を実現する方法です。

 割当雇用には、障害者に偏った優遇ではないかという批判もありますが、それがないといつまでも改善が進まないので、国際的には「積極的差別是正措置」とされています。結果の平等と機会の平等との違いでもあります。さらに、割当雇用を基盤に、差別禁止や合理的配慮の提供の要素を加え、障害者雇用の質を高めていく方法も進んでいます。

 日本の法定雇用率制度は、1960年に現在の障害者雇用促進法の前身にあたる身体障害者雇用促進法が施行された時には、民間の法定雇用率は1.1%(現業部門)で、努力義務に過ぎませんでした。その後、対象の障害種類が拡大し、また企業等での就労を希望する障害者が増加したことから、5年に1度見直される法定雇用率も徐々に引き上げられてきました。

 雇用率の対象となる障害者は身体障害者、知的障害者、精神障害者であり、確認方法は障害者手帳を基本としています。法定雇用率は、障害者について一般労働者と同じ水準で常用労働者となり得る機会を確保するものであり、分子となる「対象となる障害者である常用労働者の数+失業している障害者の数」を分母である「常用労働者数+失業者数」で割ったものです。

 2024年4月現在、民間の事業主は2.5%、国、地方公共団体は民間事業所に率先して障害者雇用に取組むべき観点から2.8%(都道府県等の教育委員会は2.7%)が課せられています。法定雇用率の達成は義務ですが、それが目的化することなく、誰もが働きやすい職場づくりの手段として位置づけられることが重要と言えます。

マッチング(何と何をマッチさせる?)

 障害者雇用を確実に進める上での重要なポイントの一つに「マッチング」があります。どんな業務ができるのか、どんな仕事を任せられるのか、特に初めて障害のある人を雇用する際に迷う事業所も少なくないはずです。同時に、障害のある人にとっても、どのような仕事を担っていくのか、自分はその作業に合っているのかなど、不安に駆られる場合もあるでしょう。雇用においては障害の有無にかかわらず「適材適所」が求められますが、どうしても障害者雇用の場合には選択肢が狭かったり、多少の無理を承知での配属があったりしがちです。

 そうなると、雇用後の職場定着にも関わるため、最初のマッチングがとても重要になります。採用プロセスにもよりますが、職場実習や多様な職場体験を通して、障害のある人も職場も相互に仕事や作業環境、そして人間関係などのソフトの環境について確認し合う作業からマッチングは始まると言えるでしょう。

 そして、雇用後、仕事や人間関係にも慣れて、職場に定着する上で、時にマッチングの状態を確認しあうプロセスも不可欠です。その際には、初期の、障害のある人と職務という狭い意味でのマッチングにとどまらず、空間的にも時間的にも広がりを持った確認作業が求められます。前者では、配属職場だけでなく、事業所全体の雰囲気や環境に当該の障害のある人がマッチングしているかどうか、配属職場以外の従業員も障害のある人と同僚として関わっているかなどの観点からの確認が有効です。後者では、時間の経過とともに、その人の生活状況も変わってくるため、最初のマッチングだけでなく、中・長期の観点からの検証も必要になります。キャリアアップのための環境整備などは、そのためのアプローチの一つでもあります。

 マッチングには2つのプレイヤーが常に伴います。障害のある人と仕事(職場の担当者)との、まさに相対しての「調和のための協働作業」なのです。

職場定着(障害のある人は職場定着しにくい?)

 障害のある人が雇用された後、仕事や人間関係にも慣れて、職場に定着することは重要 です。国際労働機関の条約でも「職業リハビリテーションの目的」に「障害者が適当な雇用に就き、それを継続すること」、すなわち定着支援が含まれています。

 障害者職業総合センターの研究調査(2017年)では、就職後1年後の職場定着率は障害種別で見ると概ね60%から70%程度ですが、精神障害者の場合には50%を切っています。また、離職の理由は厚生労働省の「障害者雇用実態調査」(2013年)では、例えば精神障害者の場合、「職場の雰囲気・人間関係」、「賃金・労働条件に不満」、「仕事内容が合わない」等があげられています。

 「職場の雰囲気・人間関係」は障害の有無に関わらず誰もが気になる要素です。それを前提にしながらも、障害の特性を踏まえた合理的配慮の提供が対応のポイントになります。一方、「仕事内容が合わない」に対しては、採用時のマッチングが適切であったかどうかも十分に検証される必要があります。難しいとは思いますが、離職に至る経過を障害当事者も職場も適切に振り返ることが重要でしょう。

 ところで、職場定着を支援する上では、障害のない人でも離転職をしながらキャリアアップを実現している点を踏まえることも大切です。もちろん、離転職が「負のスパイラル」に陥ることは避けなければなりませんが、障害のある人は職場に定着しなければならないという固定的な考え方からは解放される必要があります。その上で、障害のある人が将来を展望しながら、持てる能力を発揮できるような職場定着を実現したいものです。

 また、事業所から見れば、職場定着を確実にすることは、障害者雇用率の維持・拡大の上でも効果があることになります。職場定着は、障害のある人が定着するだけではなく、職場が障害のある人と共に働く環境や状況に「定着していく」ことに他なりません。

ディーセント・ワーク(ディーセント・ワークとは)

 究極の障害者雇用の目的はディーセント・ワーク(Decent Work)の実現といえます。国連のSDGsでも「すべての人々のための包摂的かつ持続可能な経済成長、雇用およびディーセント・ワークを推進する」と目標化されています。

 ディーセント・ワークの概念は国際労働機関(ILO)の事務局長が1999年の総会報告で初めて用いました。「働きがいのある人間的な仕事」と表現されます。以来、「すべての人にディーセント・ワークを」のスローガンのもと、その実現はILOの主要な活動目標とされています。

 より具体的には「権利が保護され、十分な収入が得られ、適切な社会的保護が与えられた生産的な仕事」とも言われます。さらに、同事務局長は「子どもに教育を受けさせ、家族を扶養することができ、30年~35年ぐらい働いたら、老後の生活を営めるだけの年金などがもらえるような労働のこと」とも述べています。

 ディーセント・ワークは、すべての人々を対象にしており、障害者分野だけの概念ではもちろんありませんが、障害者のための取組みにも用いられ、例えば、2007年の国連・国際障害者デーのテーマは「障害のある人のためのディーセント・ワーク」でした。

 実際、多くの障害者雇用現場で、ディーセント・ワークの実現が図られていますが、一方で「働きがいのある人間的な仕事」が提供されているかどうか懸念のある職場もあります。さらに、例えば福祉サービスである就労継続支援事業B型の平均月額工賃が約16,000円である実態は「ディーセント・ワーク」とはほど遠い状況にあるともいえます。

 こうした現状を踏まえると、単にディーセント・ワークを唱えるだけなく、労働条件の改善、就労支援方法の工夫、それらを支える制度設計など、具体的な対応策が実現に向けての重要な手立てになります。その際には、当事者はもとより同僚や支援者を含むすべての人々の働き方や労働の質の向上が不可欠なことはいうまでもありません。

障害者手帳(障害者手帳と障害者雇用率の関係は?)

 障害者雇用促進法における職業リハビリテーションや合理的配慮の提供等についてはすべての障害者を対象としていますが、障害者雇用率にカウントできるかどうかは、原則的に「障害者手帳」によって確認します。

 身体障害者手帳は身体障害者福祉法、精神障害者保健福祉手帳は精神保健福祉法に規定され、知的障害者については法律上の定義はないものの療育手帳制度があります。障害者雇用促進法上、身体障害者と知的障害者については障害者手帳に依らない方法もありますが、例外的です。精神障害者については手帳を所持していなければ対象にはなりません。

 そもそも障害は個人の心身の機能や能力の問題ではなく、環境との関係で発生していることを考えると、障害者手帳は基本的に医学モデルによる判定と言え、実際、職場で、障害者手帳の種類や等級によって職業的な能力は決められないことも、後者の社会モデルで考えると極めて当たり前です。

 それでも、ひとつの制度である以上、対象者を明確にしないと却ってその効果が損なわれてしまいますので、障害者雇用率については障害者手帳による「障害」と「等級・程度」が確認されている訳です。例えば身体障害者手帳1級・2級の人は「重度障害者」として、実雇用率はダブルカウントされています。1級・2級の人が職業的に重度かどうかも一概には決められませんが、重度の障害を持つ人は職業的な障害も重いこと前提に雇用促進が図られているわけです。

 障害者雇用枠での求人であれば、障害者手帳の有無は求職者・求人者相互に確認できますが、雇用された人の障害者手帳の有無を確認する際には、厚生労働省の「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」に基づく適切な方法が必要です。障害者手帳はひとつの状態を表すものであり、その人の全体像を規定するものではありません。障害者手帳の種類や等級・程度に基づき一般化することなく、個々の特性や環境改善によって能力を発揮していただくことが重要でしょう。

ジョブコーチ(ジョブコーチって、何をコーチするの?)

 ジョブコーチはアメリカにおける「援助付き雇用(Supported Employment)」の担い手として生まれました。やがて日本でもその考え方を踏まえた、新たな職業リハビリテーション・就労支援の技法として発展しています。特に知的障害や精神障害、発達障害を持つ人たちの支援においては、環境の調整や人的支援のアプローチが有効であり、その役割を担うのがジョブコーチと言えます。

 その特徴は、実際の職場において事業所と障害者の双方を支援すること、いわば橋渡しの役割です。具体的には、企業に対して実際の職場で障害特性に配慮した雇用管理や、配置、職務内容の設定等を行うとともに、同僚や上司に対して障害の理解啓発、関わり方や指導方法について助言を行います。そして、障害者本人には、仕事の遂行、生活リズムの確保や体調管理、職場におけるコミュニケーション等について支援します。必要に応じて職業生活の安定の観点から家族に働きかけることもあります。

 ところで、ジョブコーチは支援対象者にずっとついているわけではありません。一定の職場適応を達成したら、フェーディング(消えていくこと)が使命です。代わりに職場の上司や同僚による、ジョブコーチの関わり方をモデルにした声掛けや見守りといったナチュラルサポート(ごく自然な支援)が形成される必要があります。その意味からは、ジョブコーチはまさに職場から「忘れ去られる」ことに意味があるとも言えます。

 障害者雇用促進法では「職場適応援助者」と表現されており、障害者職業センターの計画に基づいて支援を提供します。「地域障害者職業センター配置」、「訪問型」、「企業在籍型」の類型があります。こうした制度としてのジョブコーチの他にも、地方自治体独自のジョブコーチ、福祉事業所や学校においてその支援技法を活用する例なども少なくありません。多様な働き方が求められる中、ジョブコーチによる支援とその質のさらなる向上が期待されます。

合理的配慮(合理的配慮と配慮は違うのでしょうか?)

 障害者雇用促進法では、雇用の分野における障害を理由とした差別を禁止するとともに「合理的配慮」の提供を事業主に対して義務づけています。差別禁止は当然のことですが、合理的配慮については「障害のある従業員にどこまで配慮すればいいの?」という疑問を抱く方も少なくないようです。reasonable accommodationの和訳である合理的配慮は、日本社会では少し理解しにくかった概念かもしれません。

 国連の障害者権利条約では、特定の場合に必要な変更や調整であり、過度な負担を課さないものとされています。求められればいかなる配慮もしなければならないと構える事業主の方も多いかもしれませんが、障害のある人が障害のない人と同等の権利を行使する際に必要なものであって、一般的な配慮とは性格が異なります。配慮というと、どうしても情緒的な印象を与え、また、配慮する側の度量に依拠しているイメージが伴います。そもそも権利行使のための合理的な調整であり、客観的な対応といえます。そして、職場の色々な条件を踏まえながら、適切な話し合いによってその合理性を決定していく必要があります。

 何が合理的配慮にあたるのかは、一律に細かな基準を設定することはできません。そこで、厚生労働省では「合理的配慮指針」を策定して、障害の特性に応じて考え得る合理的な配慮を「募集及び採用時」と「採用後」に分けて例示しています。

 合理的配慮の提供は、そもそも「障害者と障害者でない者との均等な機会及び待遇の確保並びに障害者がその有する能力を有効に発揮することができるようにする」ための措置です。企業は雇用した障害者に能力を発揮してもらうのは適正な雇用管理ですし、障害のある人も自分の能力を十分に発揮するために必要な配慮を適切に表現すること(もちろん、必要に応じて支援者のサポートを得ながら)が重要になります。合理的配慮は、障害者雇用の質を確保していくための両者の協働作業でもあるのです。

インクルージョン(インクルージョンって聞くけど、何のこと?)

 インクルージョン(inclusion)は日本語では「包容」、「包摂」などと訳されます。動詞はinclude(包容する、等)で、反対語はexclusion(排除)です。
 1990年代頃からノーマライゼーションやインテグレーションに代わって用いられるようになりました。障害があるために職場や学校、地域社会から排除されることなく、そもそもそこに含まれる存在として認識することを意味します。ひとつの概念なので、何をもってインクルージョンと言うのかは難しいところですが、「インクルーシブ教育」、「インクルーシブな働き方」という表現を聞かれることも多いと思います。
 ノーマライゼーションだと障害のある人の生活条件を変えていくこと、インテグレーションであると、例えば、普通学校に障害のある子どもを特別支援学校から統合させていくことのイメージが強いかもしれません。その点、インクルージョンは、障害のある人や子どもをその場に含めていることが出発点になります。
 ついでに、国連の障害者権利条約の公式訳では「包容」の表現が用いられていますが、受け入れる側が温かく包み込むイメージが想起されます。受け入れる側の度量やそれこそ包容力ではなく、そもそもそこにいるべき存在という考え方が重要です。
 前述のように何をもってインクルージョンと言うのか受け止める人の考え方も様々です。仕組みとしては分離されていても概念的にはインクルージョンが実現しているという考え方、一切の分離の状態を改善しなければインクルージョンとはいえない、という主張まで多様です。
 それでも、企業経営においてもD&I(ダイバーシティ:多様性とインクルージョン、さらには公平性を加えたDE&I)が重視されてきた経過を考えると障害者雇用をひとつの切り口として、障害の有無にかかわらず働き合う機会と環境の実現につなげたいものです。

解説者紹介

顔写真

朝日 雅也 (あさひ まさや)

埼玉県立大学 名誉教授
埼玉県障害者雇用総合サポートセンター企業支援業務部門 スーパーバイザー

埼玉県立大学保健医療福祉学部・同研究科教授として職業リハビリテーション・就労支援の教育研究に長く従事。
以前には障害者職業カウンセラーとして実践も展開。
企業支援と障害者支援を統合するアプローチでソーシャルインクルージョンの実現を目指す。

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